Nº 5 岡持ち

昭和のデリバリーボックスに刻まれた、料理屋の物語

黒塗りの木箱に浮かぶ「軒洋新」の朱文字

昭和初期、新井の街を走る出前箱(岡持ち)は、堅牢な木製でした。黒く塗られたその表面には、鮮やかな朱色で、今とは逆向きの文字で「軒洋新」と書かれていました。現代の私たちは左から右へ読むのが当たり前ですが、戦前までは日本古来の「縦書き」の習慣から、横書きも右から左へと書くのが一般的でした。この文字の並びは、その時代を生きた証として今もはっきりと残されています。

重厚な木箱が運んだ熱気と若者の労働

当時の新洋軒は、ラーメン、丼もの、カレーライス、チャーハンなど、バラエティ豊かなメニューをこの木箱に詰め込み、町中へ出前をしていました。木製の箱自体が持つ重量に、出来立ての料理の熱と重みが加わります。このずっしりとした責務を担っていたのは、主に若い男性の従業員たちでした。当初は自転車の片手運転で器用にバランスを取り、時代の移り変わりとともに、その足はスーパーカブ(バイク)へと変化していきました。

夜間部生の事故と、吹雪の中の決断

しかし、活気に満ちた出前業務には、痛ましい記憶も刻まれています。かつて、新井高校の夜間部に通いながら勤めていた従業員が、出前中に大怪我をするという出来事がありました。昼夜を惜しんで働く若者の事故は、店にとって重い事実として受け止められました。

そしてある雪の激しく降りしきる日、初代の妻は決断を下します。雪の中を何度も往復する従業員たちの姿を見て、「こんなに寒い中、危険を冒してまで外へ行かせるのはあまりにかわいそうだ」と。積み上がる注文や利益よりも、共に働く仲間たちの身体を第一に考え、看板だった出前業務に終止符が打たれました。

使い込まれて角が丸くなり、所々の漆塗りが剥げた木製の岡持ちが、納屋の隅に静かに置かれています。蓋を開ければ、乾いた木の香りと共に、かつて染み付いた醤油や出汁の匂いが微かに鼻をかすめるような気さえします。触れると、長い年月を経た木の肌触りが、かつての賑わいを無言で語りかけてくるようです。

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