Nº 16 カレーのスパイス

カレー粉に独自の風味を重ねた、昔の料理人たちの真摯な仕事風景

独自の調合と大きなフライパン

新洋軒には、使い古したスパイス缶が残されています。
写真に並ぶのは、かなりの年月を経て錆が浮いたGABANのブリキ缶です。
かつて新洋軒のカレーの仕込みは寸胴鍋とかではなく、大きなフライパンになみなみ入れて行われていました。
缶はキッチンの戸棚に常備され、仕込みのたびに調理台へ出されます。
料理人たちは、基本となるカレー粉に加え、独特の香りを醸す粉を、スプーンの先でわずかな量をすくい出し調合を行っていました。
ぜひ想像してみてください。

洋食店としてのこだわりである一方、料理人の創造力を間違いなく刺激していたにちがいありません。
昔の職人気質を映すような真摯な姿勢がうかがえるこの仕事は、一九八五年(昭和六十年)頃まで続いていました。

消えた印字と手書きの文字

長年の使用により、缶の正面に印字されていた表記はすでに消えかかり、読み取ることができません。
そのため、裏側にマジックで直接中身の名前が書き込まれています。
忘れたら調べようがない。そんな情報不足な時代だったのです。

文字の筆致からは年代感が漂い、厨房での手触りがそのまま残されています。興味深いのは、その内容と一度書かれた「オールスパイス」の文字が消され、「丁ジ(クローブのこと)」と書き直されている点です。当時の仕入れ状況や、味覚の変化に合わせた調合の試行錯誤を物語る生々しい物証です。
さて問題です。「ルリー」とは何でしょう(笑)

もう開けるつもりはないのです、倉庫での保管と漂う甘い香りと出会っても

長い役目を終えた五つのスパイス缶は、現在は倉庫へと移され大切に保管されています。
しっかりと閉じられた蓋に指先で触れると、表面を覆う細かな錆のざらつきと、古い金属特有の冷たい感触が伝わります。

二度と開けることはないでしょう。密閉されているはずの缶からは、かすかに甘くスパイシーな香りが今も漂ってきます。
微かなその香りが、大きなフライパンで煮込んだ際のふつふつと湧く泡の記憶と重なり、かつての新洋軒のカレーライスのレシピを残しておきたい衝動にかられています。